東京地方裁判所 平成5年(ワ)24682号 判決 1995年10月16日
原告
松尾國之
右訴訟代理人弁護士
松尾栄蔵
同
行方國雄
同
石原修
同
高市成公
同
千葉尚路
同
山口芳泰
同
森﨑博之
同
中村勝彦
同
升本喜郎
同
寺澤幸裕
被告
シティバンク,エヌ・エイ
右日本における代表者
久保田達夫
被告
シティトラスト信託銀行株式会社
右代表者代表取締役
田中健吉
被告ら訴訟代理人弁護士
松尾翼
同
小杉丈夫
同
志賀剛一
同
森島庸介
同
澤田和也
同
松野豊
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
一 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 原告の請求
被告らは、原告に対し、各自金一億円及びこれに対する平成三年一一月一四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告が、被告シティバンク,エヌ・エイ(以下「被告シティバンク」という)に対し相続税の節税対策を相談し、その説明に基づき被告シティトラスト信託銀行株式会社(以下「被告シティトラスト」という)との間で投資顧問契約を締結し、訴外シティコープ・スクリムジャー・ヴィッカーズ証券会社東京支店(以下「訴外シティコープ」という)から米国財務省証券を購入したが、被告らが充分な説明を怠ったため多額の課税を受ける等の損害を被ったとして、被告シティバンクに対しては説明義務違反及び銀行法違反による不法行為に基づく損害賠償を、被告シティトラストに対しては説明義務違反による債務不履行解除に基づく原状回復及び債務不履行に基づく損害賠償、ないし説明義務違反及び投資顧問業法違反による不法行為に基づく損害賠償をそれぞれ講求する事案である。
一 争いのない事実等(証拠の摘示のないものは、いずれも、争いのない事実である。)
1 原告は、訴外故松尾ハズエ(以下「故ハズエ」という)の孫であるが、昭和五七年一二月三日、同人と養子縁組をした。
被告シティバンクは、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市に本店を置く一般銀行業を目的とする会社であり、被告シティトラストは東京に本店を置く信託業務、国債、地方債、政府保証債にかかる引受け、募集または売出しの取扱い、売買その他の業務等を目的とする株式会社である。
2 原告は、平成三年夏頃、被告シティバンクの営業第一部課長である訴外関口泰彦(以下「関口」という)に対し、資産家である養母の故ハズエがこのまま死亡した場合には自分に多額の相続税が課されるおそれがあるとして、その相続税対策について相談した(甲第一二号証、乙第二号証)。
3 原告は、同年九月中旬頃、関口及び被告シティバンク従業員で公認会計士の訴外船山雅史(以下「船山」という)らから、被告シティバンクが顧客に勧めている一つの節税対策について説明を受けた。
その対策は、米国非居住者が投資目的で米国財務省証券を取得した上、米国居住者に贈与した場合、日米両国いずれにおいても贈与税が課税されないという日米両国の税制度の相違を巧みに利用したものであった。
すなわち、まず米国非居住者である故ハズエが右証券を取得し、同人の存命中に米国居住者である原告に対し右証券を生前贈与すれば、同贈与については日米両国いずれにおいても課税されないため、その結果何らの税負担も負わないまま将来の相続開始時の相続財産を圧縮することができるという内容であった(以下「本件節税対策」という)。
関口は、原告に対し、長期証券を購入して即時に原告に贈与すると、日本の税務当局により、右証券の購入及び譲渡を現金贈与に対する贈与税の課税を回避するための租税回避行為と認定されるおそれがあるので、購入する米国財務省証券は満期が一八三日未満の短期証券とし、その上で何回かにわたって投資を継続する方法を採ったほうがよい旨の説明をした。
4 原告は、本件節税対策の実行を決意するに先立って、米国財務省証券について得た情報を故ハズエに伝え、同人から右証券取得手続について委任を受けた(甲第一二号証、原告本人尋問の結果)。
5 被告シティトラストは、米国財務省証券の取得及びその後の贈与並びに証券の運用を故ハズエに代わって実施するため、故ハズエとの間で有価証券に関する投資顧問契約を締結し(以下「本件投資顧問契約」というが、その成立時期及び解釈については後記のとおり争いがある。)、右契約についての諸手続は被告シティトラストに代わって関口が取り扱った。
6 故ハズエは、同年一一月七日、被告シティバンク東京支店の同人名義の預金口座に九億一四六三万一四〇〇円を送金した上、翌八日、被告シティトラストに対し投資顧問料として一九八二万五〇〇〇円を支払った。
また、故ハズエは、右同日、訴外シティコープとの間で、外国証券取引口座設定契約を締結して同人名義の口座を開設し、米国財務省短期証券六一〇万米ドル分の購入代金として、七億九三〇〇万円を前記被告シティバンク東京支店の預金口座から右外国証券取引口座に振り替えた。
そして、故ハズエは、同月一三日、訴外シティコープを通じて、一九九一年(平成三年)六月一三日発行、同年一二月一二日満期の米国財務省短期証券六一〇万米ドル分(以下「本件証券」という)を購入した。
本件証券は、ニューヨーク所在の被告シティバンク本店にある訴外シティコープ名義の保護預かり口座で保管された後、右被告シティバンク本店の故ハズエ名義の保護預かり口座に移管された(乙第二、第三号証、関口証言、船山証言)。
7 故ハズエは、同年一一月二〇日に死亡し、その相続人である原告、訴外松尾日出子、同大野木栄美は、平成四年五月一四日、原告が本件証券等を単独で承継することを合意した(甲第九号証の一ないし五)。
8 ところで、故ハズエは、同人が購入した本件証券を原告に生前贈与する前に死亡したが、本件証券は、前記のとおり、満期が一八三日未満の短期証券であったため、米国連邦遺産税の課税対象となった(一八三日を超えて満期となる米国財務省証券だけが右遺産税の免税対象となる可能性があるものである。)。
しかも、原告は、実母の訴外松尾日出子が存命中であり、故ハズエの孫であったため、本件証券の相続については直接隔世代間移転が生じたものと解釈されて、右遺産税に加え、世代省略譲渡税(ジェネレーション・スキッピング・トランスファー・タックス、以下「GST税」という)をも課税され、結局、原告は、後記のとおり、右の各税の合計四億〇七八四万七六六二円を支払わざるを得なくなった(甲第五号証の一、二、第一一号証の一、二、第一二号証、第二三号証の一、二)。
二 争点
1 被告シティバンクの不法行為責任
(原告の主張)
(一) 説明義務を怠ったことによる不法行為責任
(1) 被告シティバンク自身の不法行為責任
原告は、最初から関口らに対し、養母の故ハズエがこのまま死亡したら多額の相続税の支払を余儀なくされるので、何か良い相続税対策はないかという旨の相続税対策を相談していたのである。そして、原告は、平成三年九月上旬に関口、船山らから、本件節税対策の説明を受けた際、故ハズエが八九歳という高齢であり、既に癌で入院中のため死亡の可能性が高いとの説明をしており、関口に対しては遅くとも同年一〇月までには、故ハズエの寿命は半年ももたないことを告げているのであるから、本件節税対策の効果発生前に故ハズエが死亡するかもしれないことを充分に承知していたはずである。
このような事情の下においては、被告シティバンクは、本件節税対策と称して米国財務省証券購入の勧誘を行い原告との間で一定の社会的接触関係を形成したことに基づき、信義則上、容易に調査できたGST税の存在を告知すべき付随義務を負うというべきである。また高度な社会的信用を有している銀行は、同時に高度な社会的責任を課されており、原告を主導的に勧誘した被告従業員船山が公認会計士であることに鑑みても、右勧誘行為には一般人に比してより高度な注意義務が課せられており、贈与前に故ハズエが死亡した場合も考慮して、独自に調査の上、満期が一八三日を超える米国財務省証券を購入すれば、連邦遺産税が課税されないことを告知する義務を負うというべきである。
しかるに、被告シティバンクは、原告に対し、これら米国連邦遺産税及びGST税に関する情報を説明せず、かえって同年一〇月二二日には、同被告の従業員である関口らは、生前贈与実行前に故ハズエが死亡したとしても米国で課税される連邦遺産税は日本の相続税よりも安いなどと説明しただけであった。
(2) 使用者責任
仮に、被告シティバンクの不法行為が認められないとしても、同被告の従業員たる関口、船山らも右と同様の説明義務を負っていたにもかかわらずこれを怠り、かつ同人らの行為は同被告の業務としてなされたものである。
(二) 銀行法違反による不法行為責任
被告シティバンクの従業員である関口は、被告シティトラストの窓口になって投資顧問業の代行業務をし、訴外シティコープを代行して本件証券の売買の取次をしており、かかる被告シティバンクの行為は、銀行法一〇条二項に違反する。
原告は、同被告の右違法行為によって後記のとおりの損害を被ったものであるから、同被告は、その損害を賠償する責任がある。
(被告らの主張)
(一)(1) 被告シティバンクが原告から依頼を受けた本件節税対策は、あくまでも生前贈与の方法による相続税対策であり、贈与前に故ハズエが死亡した場合の対策については何ら依頼を受けていなかった。
そして、関口は、原告に対し、故ハズエが米国財務省証券を購入してから原告に贈与する前に死亡した場合には本件節税対策の効果は生じず、米国連邦遺産税が課税されることを説明した。
したがって、被告シティバンク及びその従業員である関口には、贈与前に相続が発生した場合の連邦遺産税やGST税に関する情報についてまで説明する義務は発生せず、被告シティバンク自身の不法行為責任及び使用者責任は生じない。
なお、贈与前に死亡した場合に連邦遺産税が課税されることは注意的に述べたにすぎず、その際日本で課税されるよりも税金が安くなる等の具体的な説明はしていない。
(2) また関口、船山らは、以前から取引関係にあった原告から相続税対策に関する相談を受けたため、通常銀行が顧客に対して銀行業務に付随して行うサービスの一環として、生前贈与の方法による本件節税対策を説明したにすぎないのであるから、故ハズエが高齢で健康状態が悪いと聞かされていたこと等により、当然に贈与前に相続が発生した場合の情報まで説明する義務が発生することはなく、被告シティバンク自身の不法行為責任及び使用者責任は生じない。
(二) 銀行法違反の主張は否認又は争う。
2 被告シティトラストの債務不履行ないし不法行為責任
(原告の主張)
(一) 本件投資顧問契約の趣旨及び成立時期
故ハズエと被告シティトラストとの間で成立した本件投資顧問契約は、その実質は単なる投資顧問契約ではなく、節税のアドバイスを目的とするタックスアドバイザー契約、あるいは、それを含んだ契約である。
すなわち、およそ何人も証券会社を通じて米国財務省証券を購入することができるにもかかわらず、故ハズエは右証券を購入するにあたって、被告シティトラストに対し通常の投資顧問契約より相当高額な投資顧問料名目の金銭を支払って本件証券を購入していること、また、右顧問料の支払いについて、二分の一を本件節税対策の実行を開始した時点に、残りの二分の一を生前贈与により故ハズエから原告への本件証券の贈与がなされて、本件節税対策が成功した時点で支払うと合意されていたこと等に鑑みれば、本件投資顧問契約は、単なる投資顧問契約ではなく、その実態は、贈与及び相続にかかる節税のアドバイスを目的とするタックスアドバイザー契約、あるいは、それを含んだ契約であることは明らかである。
そして、本件投資顧問契約は、平成三年一〇月一日付で同契約書が作成されているが、その実質は、右にみたとおりのタックスアドバイザー契約であって、当事者の意思としては、実質的に節税のアドバイスを始めた時点で、口頭による投資顧問契約が締結されたとみるべきである。
右により、本件投資顧問契約は、同年九月下旬頃には口頭で成立した。
(二) 説明義務を怠ったことによる債務不履行責任
本件投資顧問契約は、右にみたとおりのタックスアドバイザー契約であるから、被告シティトラストは、依頼者である故ハズエの委任を受けた原告に対して、通常予見しうるあらゆる場合を想定してアドバイスすべきであり、当該アドバイスによる効果及び危険を十分に説明する義務を負う。
本件においては、同被告は、少なくとも次の点を原告に説明する義務があった。
(1) 生前贈与の方法による米国財務省証券を利用した相続税対策。
(2) 同被告提案の相続税対策で生前贈与ができなかった場合の連邦遺産税の課税価格(次の(3)を含めたもの)。
(3) GST税の存在と原告への適用。
(4) 満期が一八三日を超えた米国財務省証券を取得すれば米国連邦遺産税はゼロになる、あるいはゼロになる可能性があること。
しかるに、同被告は、故ハズエの死亡が近いこと及び原告が故ハズエの孫であることを認識していたにもかかわらず、相続が発生した場合に連邦遺産税とGST税が課税され本件節税対策の効果がなくなること、及び満期が一八三日を超える米国財務省証券を購入すれば連邦遺産税が課税されないかもしれないことを説明しなかった。
(三) (予備的主張1―投資顧問業法上の説明義務違反による債務不履行責任)
仮に、本件投資顧問契約がタックスアドバイザー契約でなく、契約文言どおりの投資顧問業法上の投資顧問契約であったとしても、被告シティトラストは、投資顧問業者として、投資に影響するような重要な事実は事前に十分開示すべき義務がある。
しかし、同被告は、故ハズエの代理人である原告に対しGST税の説明をなさず、かつ米国の連邦遺産税は日本の相続税より二〇%近くも安いと説明して原告を誤解させ、さらに満期が一八三日を超える米国財務省証券を購入すれば、連邦遺産税が課税されないことを説明しなかった。
したがって、同被告は、右の説明義務に違反した債務不履行責任を負う。
(四) (予備的主張2―説明義務を怠ったことによる不法行為責任)
原告は、被告シティトラストの前記(二)(三)のとおりの各違法行為によって、後記のとおりの損害を被ったものであるから、同被告は、不法行為に基づきその損害を賠償する責任がある。
(五) (予備的主張3―投資顧問業法違反による不法行為責任)
本件においては、関口が全ての窓口になって、米国財務省証券の投資勧誘をし、投資顧問契約を締結させていることから、被告シティトラストの行為は、直接投資顧問業法の条文に抵触するものではないが、実質的には投資顧問業法四条、一二条に違反し、一四条、大蔵省令一七条に違反する。
原告は、右の違法行為によって後記の損害を被ったものであるから、同被告は、その損害を賠償する責任がある。
(六) 原告は、同被告の前記の債務不履行に基づき、本訴状をもって本件投資顧問契約を解除する。
(被告らの主張)
(一) 本件投資顧問契約は、本件証券の取得及び贈与に伴う米国内における手続を故ハズエに代わって実施するという証券の取得及び管理等に関する代理事務の提供を目的とするものであり、右契約には、税法に関する情報提供というタックスアドバイザー契約としての性質は全く含まれていなかった。
また、本件投資顧問契約が成立したのは、契約書の日付よりも後の平成三年一〇月下旬頃である。
(二) したがって、本件投資顧問契約上の説明義務違反を内容とする原告の債務不履行又は不法行為の主張(原告の主張(二)(四))はいずれもその前提を欠き失当である。
(三) 本件投資顧問契約は、投資顧問業法でいう投資顧問契約ではない。
さらに、投資顧問業者として投資に影響するような重要な事実を開示する義務があったとしても、かかる義務はあくまでも生前贈与の実行に関し生じるものであるから、この点についても被告シティトラストに債務不履行ないし不法行為はない。
(四) 原告の主張(五)は争う。
3 損害
(原告の主張)
原告は、被告らの行為によって本件証券を購入し、節税のメリットを享受しうる機会を失った結果、以下の損害を被った。
(一) 課税損害
原告は、故ハズエの相続に伴い、平成五年六月三〇日、米国歳入庁から連邦遺産税及びGST税の合計三八二万〇五八七米ドル(右同日の電信為替相場では一米ドル106.75円であるから合計四億〇七八四万七六六二円)を支払った。
(二) 費用損害
原告は、本件証券の購入及び事後処理に伴い、左記の費用を支出した。
(1) 本件投資顧問契約の顧問料
被告シティトラスト
一九八二万五〇〇〇円
(2) 弁護士報酬
①WHITHMAN&RANSON
9711.94米ドル
②MALCOLM ANDRESEN 1万3404.00米ドル
③TMI総合法律事務所弁護士松尾栄蔵 一九〇万二五六〇円
(3) 税理士報酬
①中央クーパーズ・アンド・ライブランド
国際税務事務所(東京)
五三二万三六六〇円
②中央クーパーズ・アンド・ライブランド
国際税務事務所(ニューヨーク)
12万5750.00米ドル
(三) 為替差損
本件証券は、平成五年九月二三日に一四〇万米ドル分がリリースされたが、被告らの説明義務違反がなければ本件証券を購入しなかったのであるから、購入代金六一〇万米ドルについて本件証券購入日である平成三年一一月一三日から少なくとも平成五年九月二三日までの為替差損が原告の損害となる。平成三年一一月一三日当時の電信為替相場は一米ドル一二九円九五銭であり、平成五年九月二四日(同月二三日は休日で東京外国為替相場は閉っている)の電信為替相場は一米ドル一〇五円九五銭であるから、為替差損は一億四六四〇万円である。
(四) 弁護士費用
日本弁護士連合会の弁護士報酬規定によれば、本訴額における弁護士報酬は四八四万五〇〇〇円を下らない。
(五) 勝訴した場合の課税損害
原告は、本訴訟で請求金額の全額が認められた場合には、右合計金額五億八六一四万三八八二円及び14万8865.94米ドルに対し、所得税(二五%)及び住民税(7.5%)の合計32.5%の税金が課税され、その合計額は一億九〇四九万六七六一円(一円未満切捨て)及び4万8381.4305米ドルである。
(被告らの主張)
原告の主張は否認又は争う。
4 まとめ
よって、原告は、被告シティバンクに対しては不法行為に基づく損害賠償請求として、被告シティトラストに対しては債務不履行に基づく解除による原状回復請求及び損害賠償請求ないしは不法行為に基づく損害賠償請求として、それぞれ七億七六六四万〇六四三円及び19万7247.3705米ドルの合計金の内金一億円、並びに右金員に対する本件証券購入日の翌日である平成三年一一月一四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第三 争点に対する判断
一 争点1、2についての判断の前提となる事実関係は相互に共通するから、まず、右の判断に先立ち、関口、船山らの原告に対する本件節税対策の説明内容、関口が被告シティトラストにおいて果たした役割、本件投資顧問契約の趣旨及び成立時期等について検討する。
1 前記争いのない事実と証拠(甲第一ないし四号証、第一二号証、第一四号証の一ないし四、第一五号証、第二六号証、乙第二、第三号証、証人関口泰彦、同船山雅史の各証言、原告本人尋問の結果)によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告は、平成三年春頃、原告が専務取締役を務める訴外株式会社富士プロジェクト(以下「富士プロジェクト」という)との取引の関係で被告シティバンクを知り、同被告の子会社であるシティバンク・インターナショナル・プライベートバンキング・ディヴィジョンから届いたパンフレットにより、同被告が節税対策等のアドバイスや資産運用を行っていることを知った。
原告は、かねてより故ハズエの相続税対策を懸念していたところ、同年九月初旬、同女を入院先の病院に見舞った際、担当医師から同女の病状が思わしくなく、良くてもあと半年くらいの命である旨の説明を受けたので、早急に同女の相続税対策を講じなければいけないと思い、直ちに被告シティバンクに架電し、担当の関口に対し、同被告が行っている節税対策について説明を受けたい旨申し入れた。
(二) 原告の右申し入れを受けた関口は、さっそく原告と会って被告シティバンクの行っている節税対策の内容を説明することとし、同年九月中旬、東京都港区内の喫茶店において、原告、原告の実母である松尾日出子、関口、船山らが会合した。
席上、関口、船山らは、同被告の行っている節税対策は、米国非居住者が米国財務省証券を取得し、その存命中に米国居住者に対し右証券を生前贈与すれば、この贈与については日米両国いずれにおいても課税されないため、その結果何らの税負担も負わないまま将来の相続開始時の相続財産を圧縮することができるという方法である旨の説明をした。
その際、関口は、原告に対し、購入する米国財務省証券は満期が一八三日未満の短期の証券とし、その上で何回かにわたって投資を継続する方がよいこと、その理由は、仮に長期証券を購入して即時に原告に贈与すると、日本の税務当局により、右証券の購入を現金贈与に対する贈与税の課税を回避するための租税回避行為と認定されるおそれがあるので、短期証券を何回か継続して購入することで実体的な投資を行う必要があるためである旨の説明をした。
(三) 関口、船山らは、右の説明の際、原告から故ハズエは高齢で健康状態が悪い旨を聞かされていたことから、本件節税対策の前提である贈与前に故ハズエが死亡することを心配し、原告に対して、故ハズエが米国財務省証券を購入してから原告に贈与する間に死亡した場合には本件節税対策の効果は生じないこと、そしてその場合には、米国連邦遺産税が課税されることを説明し、税理士等の税金の専門家の助言を受けるよう再三にわたって念を押した。
なお、故ハズエの当時の健康状態については、右の原告の説明以上に、原告から同女の具体的な年齢や容態についての説明はなかった。
原告は、さらに、関口、船山らに対し、生前贈与前に相続が発生した場合に相続税負担がどうなるか、米国連邦遺産税の最高税率がどの程度であるかを質問した。
これに対し、関口は、本件節税対策は、あくまで生前贈与を前提とするものであるから、相続税に関する正確な情報の提供をしようとは考えていなかったものであり、したがって、具体的な相続税額の算定に必要な相続人数、資産、負債状況等について原告に尋ねることもせず、また、原告も右のような話をしなかった。そして、関口は、米国連邦遺産税の最高税率は五五%と聞いているが、日本の相続税と米国の連邦遺産税とでは控除内容が異なるので、どちらの税額が安くなるとは一概に言えない旨の話をしただけであり、関口も船山も、GST税の存在すら知らなかった。
(四) 原告は、以上の関口らからの説明を聞いて、連邦遣産税の税率が日本の相続税の税率より低いので、仮に生前贈与実行前に故ハズエが死亡したとしても、何の対策も取らないよりは節税対策になるものと判断し、関口に対し本件節税対策を利用したいとの意向を表明した。
(五) ところで被告シティバンクが勧める節税対策は、シティバンクグループの被告シティバンク、被告シティトラスト、訴外シティコープの三会社が被告シティバンクニューヨーク本店の指示に基づく有機的ネットワークを通じて実施されるものであった。
すなわち、被告シティトラストが、証券の取得に関するアドバイス、購入、保管及び贈与等の処分に関する一切の事務を代行し、被告シティバンクのニューヨーク本店に米国非居住者個人名義の保護預かり口座を開設した上で証券の移管をスムーズに実行し、さらに訴外シティコープを通じて日本国内での預金口座振替手続だけで証券購入代金の決裁を実行できるようにするものであった。
米国財務省証券を個人名義で購入、贈与するには、米国内の銀行に個人名義の購入証券の保護預かり口座及び預金口座を開設する必要があるところ、米国内の銀行は取引関係のない米国非居住者個人からの依頼による右口座開設サービスを提供しておらず、日本の銀行の海外支店からもかかるサービスを提供していないのが実情であり、米国財務省証券を個人で購入し、何らかの手段で他の銀行を使って保護預かり口座を開設できても、この二つの手続をリンクさせて円滑に本件節税対策を実行することは困難であり、本件節税対策の特徴は、シティバンクグループ内のネットワークを利用することにより、保護預かり口座を開設して円滑に証券購入、保管、移管、買い換え、生前贈与を実行でき、日本国内では預金口座振替手続だけを行えば済むようにしたことにあり、本件節税対策を開始した当時、かかる対策を円滑に実行できる金融機関は右グループのほかは見当たらなかった。
後記のとおり故ハズエと被告シティトラスト間に締結された本件投資顧問契約において、同被告の報酬を、購入した米国財務省証券の時価評価額の五%と設定されているのは、右のような利用価値の高いネットワーク使用の対価の意味を持つものであった。
(六) その後、関口は、原告から本件節税対策について税務の専門家に相談して確認したいので具体的内容を文書にして持ってきてほしい旨の電話を受けた。
そこで、関口は、同年九月二四日、富士プロジェクトの事務所に赴き、原告に対し提案書(乙第三号証)を交付した。
関口は、右の提案書において、本件証券の購入資金は、故ハズエが富士プロジェクトに対し日本ドリーム観光株式会社の株式を売却することで捻出する案を提示したが、右は原告の了解を得たものではなく、原告も右の提案書を参考にして本件証券購入の手はずをとることとした。
そして、右提案書には、相続税に関する記載は全くなく、かつ原告も相続税についての記載を要求していなかった。
(七) 原告は、同年九月二五日に日本を出国し、同年一〇月一一日に米国から帰国したが、その後、たまたま富士プロジェクトに一〇億円の預金があることに気づき、これを利用して本件証券を購入することとし、同月下旬、関口、船山らに対し、右会社事務所において、本件節税対策を実行したい旨述べた。
そこで、関口は、直ちに被告シティトラストの窓口として、同被告と故ハズエ間の投資顧問契約書を中心とする本件証券取得及びその贈与手続に必要な書類を原告に交付した。
一方、原告は、本件投資顧問契約書(甲第一号証)の故ハズエ名下の押印欄に同女本人に捺印してもらい、同女の代理人として、同契約書とともに右の必要書類を関口に交付した。
(八) その後、前記争いのない事実6記載の経過で本件証券の購入代金及び本件投資顧問料が支払われた。
しかしながら、故ハズエは、前記のとおり、本件証券を原告に贈与する前に死亡したため、本件節税対策は頓挫し、当初企画した効果は得られなくなった。
以上のとおり認められる。
2 この点に関し、原告は、原告が関口らに対し説明を求めたものは相続を含めた節税対策であり、本件投資顧問契約もタックスアドバイザー契約又はそれを含んだ契約であった旨主張し、甲第一二号証(原告の陳述書)及び原告本人尋問の結果中には原告の右主張に沿う供述・記述部分もあるが、関口らは、本件節税対策があくまで米国居住老と非居住者間の贈与を前提とする対策であることを説明し、贈与前に相続が発生した場合については、税理士等の専門家の助言を受けるよう指示したこと等、前認定の事実経過に照らすと、原告本人の右供述、記述部分は信用することができない。
また、原告は、本件投資顧問契約の投資顧問料の支払い方法が、本件節税対策の実行を開始した時点で二分の一を支払い、残りの二分の一を故ハズエから原告への生前贈与が成功した時点で支払うと定められたことを一つの理由として本件投資顧問契約がタックスアドバイザー契約であった旨主張する。
しかしながら、前記各証拠によると、同契約上の報酬の支払方法が右のように定められたのは、当初は原告からの要望であり、原告も生前贈与前に故ハズエが死亡した場合には本件節税対策の効果がなくなることの説明を受けていたこと、関口も本件節税対策があくまで生前贈与を前提とする対策であるため、原告の右要望を受け入れて右の支払方法に関する取り決めをしたことがそれぞれ認められるから、右支払方法の取り決めをもって、原告主張のように、本件投資顧問契約がタックスアドバイザー契約であったものと認めることはできない。
二 以上の認定事実をもとに争点1、2につき判断する。
1 争点1(被告シティバンクの不法行為責任)について
(一) 説明義務違反について
当初原告が関口らに対し申入れをしたのは故ハズエの相続税対策の相談であったこと、関口、船山らは同女が高齢で健康状態が悪かったこと及び原告が故ハズエの孫であったことを聞いていたことはいずれも前認定のとおりであるが、他方で、前認定の事実によれば、被告シティバンクの従業員である関口及び船山は、同被告の行っている節税対策が米国居住者と非居住者間の米国財務省証券の贈与を目的とする節税対策であることを説明したものであり、その際に同人らは、贈与前に故ハズエが死亡した場合には右節税対策が功を奏さないことを説明し、併せて、相続税に関しては専門家の助言を受けるよう指示したものであって、被告シティバンク及びその従業員関口、船山らが、原告の右申入れを受けて承諾したのは、生前贈与を前提とする本件節税対策の説明の限度にとどまるものと認められる。
したがって、原告主張の信義則等を考慮しても、同被告の説明義務は生前贈与を前提とする事項についてのみ生じると解さざるを得ず、贈与前に相続が発生した場合の相続税対策まで依頼を受けたものとは認められない以上、贈与前に相続が発生した場合をも想定して米国連邦遺産税やGST税に関する説明までなす注意義務を負っていたものと認めることはできないから、右の義務があることを前提とする原告の被告シティバンクに対する説明義務違反の主張は、その使用者責任の主張を含め、いずれも理由がない。
(二) 銀行法違反について
原告は、関口が被告シティトラストの窓口となって投資顧問業の代行業務をした被告シティバンクの行為が銀行法一〇条二項に違反する旨主張する。
しかし、前認定の事実によれば、関口が被告シティトラストの窓口として行った本件投資顧問契約に基づく行為は、本件証券の取得及び贈与に伴う米国内における手続を故ハズエに代わって実施するという証券の取得及び管理等に対する代理事務の提供を目的とするものであったものと認められ、投資顧問業法に規定する投資顧問業としてなした行為とはいえないから、原告の右主張は前提を欠き失当である。
また、原告は、関口が訴外シティコープを代行して本件証券の売買の取次をなしたとして、かかる被告シティバンクの行為が銀行法一〇条二項に違反すると主張するが、前記争いのない事実によれば、本件証券の売買の取次をなしたのは被告シティバンクではなく被告シティトラストであるから、右主張も採用することができない。
2 争点2(被告シティトラストの債務不履行ないし不法行為責任)について
右にみたとおりの認定事実によれば、本件投資顧問契約は、本件証券の取得及び贈与に伴う米国内における手続を故ハズエに代わって実施するという証券の取得及び管理等に対する代理事務の提供を目的とするものであって、前記のとおり原告は、関口らから本件節税対策の説明を受けた後に、本件投資顧問契約を締結していることをも考慮すると、同契約は、原告主張のようなタックスアドバイザー契約又はこれを含むものとは認められないうえ、投資顧問業法上の投資顧問契約とも認められないものであるから、以上を前提とする原告の被告シティトラストに対する債務不履行又は不法行為責任の主張は、主位的及び予備的主張1ないし3のいずれも失当であって採用することができない。
三 以上によれば、争点3(損害)について判断するまでもなく、原告の被告らに対する請求はいずれも理由がないことに帰する。
よって、原告の本訴請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大和陽一郎 裁判官齊木教朗 裁判官菊地浩明)